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耳をすませば逆走・無灯火・二人乗り

ネットでは散々指摘されてる(たぶん)ことなので、今更ではあるけれど。スタジオジブリ制作の映画、『耳をすませば』(近藤喜文 監督、1995)に出てくる、自転車のシーン。以下のカット(図A、B)はすべて同映画からの引用。

耳をすませば 自転車 無灯火 〈図A〉夜明け前。少年(天沢聖司)が少女(月島雫)を自転車の後ろに乗せて、走りだすところ。あたりはまだ暗いが、自転車のヘッドライト(フェンダーにあるなんてオサレ)は、点灯していないようだ。無灯火で二人乗りである。走ってる場所もこの時点で逆走だが、その点は以下に。

耳をすませば 自転車 逆走 〈図B〉そのすぐ後のシーン。街灯もだけど、トラックのヘッドライトが青白い。完全にHIDの色だ。時代的にハロゲンだろうから、もっと電球色っぽい色にしないと…っておい、自転車の話だったろ。はい、完全に逆走ですね。図Aのシーンからそのまましばらく反対車線のど真ん中を堂々と逆走※1していって、これは正面から走ってきた大型トラックを避けるように右端にスッと寄るところ。どうやら路肩にはほとんど余裕がないようだ。なんという危険行為…。

蛇足的に書くと、聖司が自分の身幅感覚でトラックを避けると、両足が左側に出ている雫はこれ以上避けようがなく、心理的に相当な恐怖を感じるはずだ。それに、2台続けて来ているうちの後続のトラックからは逆走自転車が直前まで見えないので、先行のトラックが直前に避けたりすると、後続のトラックは反応できずになすすべもなく正面衝突、という可能性も十分にあった。よく死ななかったな。劇中のセリフじゃないけど、「奇跡だ」。

というように、無灯火で二人乗りで逆走という、完全3アウトチェンジを犯している。でも、重要なのはそれ自体ではない。この映画はガキの頃に一度ならず観ているはずだが、そのときはこの点に関して全く、微塵も、何も違和感を感じたことがなかった。ちょっと自転車をかじるようになった以降に観て初めて、「うわぁー」って思った。身をもって強く実感したわけだが、昔の私を含め、自転車をかじっていない一般人のほとんどは、このシーンは“自然”すぎて、何かを思うことすらないだろう。まして「それ違反だろ」と野暮なツッコミをする人など皆無だろう。ようするに、その程度の認識なのである。自転車を趣味にしているような一部の人を除けば、みんな「逆走」という概念すら頭にないのだ。二人乗りはさすがに違反だとみんな知っているだろうが、それだって、「学校の廊下を走る」のと同じレベルの“悪いこと”としか思っていない。

この映画に登場する自転車については、『アオバ自転車店へようこそ!(2)』(宮尾岳、少年画報社、2012)内で超~詳しく紹介されている(同コミック内では「瞳こらせば」というタイトルに改変されているが、この映画のことを言っているのは間違いないだろう)が、それによると、この映画の作画監督は、あの『茄子 アンダルシアの夏』(高坂希太郎 監督、マッドハウス、2003)の監督兼作画監督と同じ人物だ。自転車が絡む部分に強いこだわりを持って描かれていることは想像に難くない※2。ということは、このシーンはきっと、明確な意図のもとに、こういう描き方をしているわけだ。二人乗りは演出上必要だとして、ちゃんとライト点けて、左側を走って、安全確認をしてから道路を渡っていたら、それこそ不自然だと。無灯火で、敢えて漫然と逆走してみせることで、見事に少年の“リアル”を描いてみせているのだ。制作者の手腕に感嘆せざるを得ない。

誰か有志で、この映画のバッドエンドバージョンを製作してくれませんかね。聖司と雫は、ここでトラックにはねられ、聖司は即死。雫も意識不明の重体。早朝にこっそり家を抜け出しているため、所持品は何もない。身元が分からないまま病院に運ばれ、誰にも見とられずに息を引き取る。雫がいないことに家族が気づいて慌てだすのは、そのずっと後…。いきなりそのシーンだけじゃなく、2時間の映画の最後がこの結末というのは、相当キツイだろう。夢と希望と可能性に満ちた少年が、悲惨な、それでいてあっけない死を迎えることで、自転車での無灯火二人乗り逆走の危険性を訴え、ルールとマナーを守ることを呼びかける。日本全国の小中学校や交通安全センターで、教材として広く使われることは間違いない。


アオバ自転車店へようこそ!の表紙ではちゃんとライトを点けているところがまた。


※1 この後、二人は図Aで後方に見えている自動車に追い抜かれる(追い抜くというか、自転車が逆走しているので自動車は自転車の左側を通過する)のだが、ドライバーは追い抜きざまにクラクションを短く「ピッ」と鳴らし、自転車の方を見ながら走り去っていく。たぶん「おいおいあぶねーぞ」という意思表示なのだろうが、聖司はノーリアクションだし、雫は、この状況(聖司の背中に顔をうずめていた)を見られたことを恥ずかしく思う余裕を見せるだけで、なぜクラクション鳴らされたのか?なぜこっちを見ていたのか?ということなど考えもしないという。このへんが本当にリアルすぎて感動ものである。このくらいの年代というのは自分たちが無敵だと思ってるので、そもそも危険だなんて思いもしないものである。

※2 その割に、自転車のリアキャリアがおかしい。シートチューブないしシートステーとキャリアとを繋ぐアームが描かれておらず、リアハブから伸びる2本のアームだけで支えられていたりする。これじゃあ前後方向の固定力が不足して、雫が乗った瞬間に後ろにグルンと回転して落ちるだろ。なぜそれを疑問に思わないのかが疑問である。例えばハヤオ氏だったら、そういうところにこだわる気がするので。架空の乗り物であっても、「コレはここがこういう構造になっててここでこう支えるようになってるんだよ」とか、常に考えていそうなので。…単なる見落としだったらごめん。

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